YPG120th HISTORY YPG120年の歩み

YPG120th HISTORY

5つの時代で振り返る
YPGの変革の軌跡

YPG120th HISTORY

HISTORY 01 | 創業期

吉田軍用堂誕生

主要事業

紙の卸売り

YPG内の
主な動き
  • 「吉田軍用堂」創業
  • 創業者吉田次作38歳の若さで急逝
  • 創業者の長男が次作を襲名し、
    「吉田次作商店」として再出発
荷車で荷物を運ぶ人々
1906年、22歳の吉田次作が奉公先であった陸軍御用商人高柳商店の紙商を継ぐ形で「吉田軍用堂」を創業。

第一次世界大戦による好景気で業績を伸ばし、兵士慰問のためシベリアへ赴くなど尽力したが、38歳で急逝。妻と5人の幼い子供たちが残された。
事業の閉鎖がやむを得ない状況であったが、番頭をはじめ当時の従業員たちの盛り立てにより事業は継続され長男・豊次が次作を襲名。
「吉田軍用堂」は「吉田次作商店」として再出発を果たした。
軍司令部から印刷所開設の要請を受け満州に工場を開設。派遣された従業員とその家族たちは「印刷開拓団」として活躍した。しかし、日本の敗戦で彼らは、着の身着のまま祖国へ引き揚げ、満州工場に終止符が打たれることとなった。

世の中の動き

第一次世界大戦終結(1918年)、関東大震災発生(1923年)、第二次世界大戦終結(1945年)

荷車で荷物を運ぶ人々

Q1/5

1919年から1933年まで、
吉田軍用堂の店舗には『とある生き物の彫り物』掲げられていました。
その生き物とはなんでしょう?
とある生き物の彫り物

  • A
  • B鶴と亀
  • C犬と猿と雉

正解は…
A

龍の彫り物

店舗の小屋根に大看板と並んで龍の彫り物があったため、
人々からは「龍のいる紙店」と呼ばれ、親しまれていたそうです。

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HISTORY 02 | 戦後復興期

戦後復興への取り組みと
本社工場での悲劇

主要事業

学童、家庭用紙製品の生産・販売

YPG内の
主な動き
  • 学童、家庭用の紙製品が事業の中心に
  • 学童用学習ノート「ヨシダノート」がヒット商品
  • 本社工場で大火事が発生し「ヨシダノート」製造断念。
    総合印刷会社へと転換
ヨシダノート
戦後まもなく、印刷産業はいち早く生産を開始した。
当時はノート類や便箋など学童、家庭用品が生産の主流となっていた。

生産・販売していた学童用学習ノート「ヨシダノート」は、全国有名百貨店でも販売されたヒット商品。
とくに評判が良かったのが各ページにお話を盛り込んだ「童話ノート」で、実用新案特許も取得していた。
しかし、1953年2月。本社工場から出火し、瞬く間に工場、事務棟など19棟を焼失した。
生産設備の焼失により、主力製品として群を抜いていた「ヨシダノート」の生産を断念せざるを得なくなった。
この悲劇が結果としてきっかけとなり、美術印刷を中心とする総合印刷会社へと方向転換した。

世の中の動き

日本国憲法公布(1946年)、サンフランシスコ平和条約調印(1951年)、日本でテレビ放送開始(1953年)

ヨシダノート

Q2/5

二代目吉田次作は出張に行った際に
『予定外のあるもの』買って帰ってきて従業員を驚かせました。
それは何でしょう?

  • A土地
  • B
  • C屋形船

正解は…
B

よっ! お買い物上手!

二代目吉田次作は、汽車で馬を連れて帰ってきたそうです。
吉田次作商店のロゴに馬があしらわれているのも、
次作の馬好きに由来があると言われています。

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HISTORY 03 | 成長期

総合受託
印刷会社としての成長

主要事業

受託印刷

YPG内の
主な動き
  • 「ヨシダ印刷株式会社」へ社名変更
  • 観光ポスター「能登」が
    第17回世界観光ポスターコンクールで第1位に
  • 「吉田洋紙店七尾営業所」開設。包装資材の取り扱いスタート
観光ポスター「能登」(仁江海岸の落日)
高度経済成長期、印刷需要が急増する中、着実に印刷技術力と企画力を向上させた。 1962年には当社制作の観光ポスター「能登」(仁江海岸の落日)が世界観光ポスターコンクールで第1位の名誉に輝いた。

その後も、ポスターやカレンダー、ポストカードは毎年のように受賞していった。
1968年1月1日、「吉田次作商店」は「ヨシダ印刷株式会社」と社名を変えた。「吉田次作商店」では、印刷業を主体とする会社であることが理解しにくいことから、「時代に相応しい商号」「印刷業が主体であることを明示した商号」として新社名を「ヨシダ印刷株式会社」とした。
さらに、1986年には現在の「ヨシダ七尾」の前身である「吉田洋紙店七尾営業所」が開設。
紙販売にとどまらず、包装資材の取り扱いがスタートした。

世の中の動き

東京オリンピック開催(1964年)、大阪万博開催(1970年)、初代Windows発売(1985年)

観光ポスター「能登」(仁江海岸の落日)

q3/5

1986年に吉田洋紙店七尾営業所開設により、包装資材の本格的な取り扱いが始まるYPG。
実はその20年以上も前の1965年の段階でも
『とある包装容器』の特許権を買い取って全国的に販売していました。
そのとある包装容器とは何でしょう?

  • A納豆のパック
  • Bお豆腐のパック
  • C卵のパック

正解は…
C卵のパック

ランパック

フランスの特許品であった鶏卵の包装容器の特許権を買い取って、当社製品として販売しました。
美しく丈夫で通気性の良いこの製品は「ランパック」と名付けられて商標登録されました。
販路開拓に注力して全国で宣伝・展示会への出展・有名百貨店への納入など
全国紙に取り上げられる反響を呼びましたが、3年後販売終了となりました。

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HISTORY 04 | デジタル期

劇的な時代の変化への
一歩先へ行く対応

主要事業

受託印刷、包装資材

YPG内の
主な動き
  • 活版印刷廃止
  • 印刷物制作の知識を生かしたシステム事業への進出
  • 創業100周年記念行事を開催
ホームページ
パソコン・インターネットが一般に普及し、時代はデジタル化へと急速に進んでいった。
印刷業界にもその波は押し寄せ、ヨシダ印刷でもこれまで主流であった活版印刷が1995年に廃止された。

パソコン上で印刷物のデザインデータを作成するDTP(Desk Top Publishing)が主流となった。
同一データを利用し印刷物のみならずホームページやCD-ROM、DVDといった複数のメディアへと展開することが可能になり、これまでのノウハウを活かしたWeb事業、データベース事業などサービスの可能性は大きく広がった。
印刷工程にも変化は起き、1992年には地球環境に配慮した印刷「水なし印刷」の専用機をいち早く設置したほか、デジタルデータに対応した印刷設備の充実にも力を注いだ。
(5問目の回答前に【こちら】をクリックすると+20点!)

世の中の動き

阪神・淡路大震災(1995年)、アメリカ同時多発テロ事件発生(2001年)、Facebookがサービス開始(2004年)

ホームページ

q4/5

活版印刷廃止後、YPGの保有していた活版印刷資源は
『とある場所に移動』して第二の人生を歩むことになりました。
そのとある場所とは?

  • Aテーマパーク
  • Bアートギャラリー
  • C博物館

正解は…
C博物館

活版印刷機 活版印刷機の側面と刻印

1996年、東京大学総合研究博物館の開館を記念した特別展「歴史の文字 記載・活字・活版展」が開催され、
ヨシダ印刷から寄贈した印刷機や活字鋳造機をはじめ、活版印刷資材一式が展示されました。
展示終了後、これらは学術資料として永久保存されることとなり、博物館の地下倉庫に保管されています。

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HISTORY 05 | 現在

事業の多角化、
変化をつくるYPGヘ

主要事業

受託印刷、包装資材、
Webシステム事業、紙もの製品販売事業

YPG内の
主な動き
  • 日本初となる水なしEco-UV印刷機の実用化
  • 「ワイピービズインプルーブ株式会社」創業
  • オリジナル紙ものブランド「吉田次作商店」をリリース
吉田次作商店の商品
加速度的に目まぐるしく社会が変化していく現代。
金沢本社と東京支店間の垣根が徐々に取り払われ、営業・生産体制における相互協力が実現した。

そんな中で、2011年3月11日に東日本大震災が発生。
東京支店社屋も大きな被害を受けたが、事業の継続が困難な状況下でも、仮店舗での営業が続けられた。
そして、復興不可能と判断された東京支店社屋は、新たな未来への第一歩として新社屋へと生まれ変わった。
2016年にクラウド型システムをメインに取り扱う「ワイピービズインプルーブ」を立ち上げ、2023年は創業者の名を冠した「吉田次作商店」を紙の温もりを伝えるオリジナルの紙製品ブランドとして復活、同年に石川県七尾市で包装資材事業を担ってきた「ヨシダ洋紙七尾支店」が「株式会社ヨシダ七尾」として独立するなど、多岐にわたる事業が、それぞれ専門性を高め、お客様により質の高いサービスを提供できる体制が整った。

世の中の動き

リーマン・ショック(2008年)、東日本大震災発生(2011年)、新型コロナウイルス感染症の世界的流行(2020年)

吉田次作商店の商品

q5/5

2014年に竣工された「東京本社新社屋」には、外見に『ある大きな特徴』があります。
その特徴とはなんでしょう?

  • Aビル街で目立つ
    瓦屋根
  • B全面ガラス張り
    デザイン
  • C建物全体を覆う
    メタルフレーム

正解は…
C建物全体を
覆うメタルフレーム

エキスパンドメタル 東京本社新社屋

建物の全体が「X」の形をしたエキスパンドメタルで覆われており、
その内側はガラス張りとなっています。
この街と調和しつつ思わず目を引く特徴的な設計は、
金沢21世紀美術館などを手掛けられた建築家の妹島和世先生によるものです。

全問終了!
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